上野の東京文化会館の裏手に、大きなイチョウの樹が立っていた。その幹をかこむように幾つかのベンチがあった。
私はしばらく時間があるので、そのひとつに腰をおろした。ふと見ると、すぐ左のベンチに異様な人物が座っていた。髪はモジャモジャ、鼻筋のとおった赤黒い顔は、ほおもあごも鬚におおわれていた。その人は鋭い目を地面に向けたまま、ロダンの「考える人」のように全く動かなかった。その人のカーキ色の背広の襟は垢で黒光りしていた。首にかけたタオルにも汚れがしみこんでいた。
不意に可愛い子どもの声がして。2人の幼児を連れた若夫婦がやってきた。弁当を広げるベンチを探している様子だった。私はベンチを譲った。
そして少し躊躇したが「考える人」の座っているベンチに腰をおろした。 
「失礼します」「いいえ・・・・・」「いつも、ここに?」
その人は、話し始めた。終戦後イルクーツクの収容所に送られ、共産主義の洗脳を受けた。帰国したら妻も子も母も、そして2人の妹も原爆で亡くなっていた。
天蓋孤独の身で北陸を行商中に電気工事の穴に落ちて骨折、ひざが曲げられなくなった。曲げられれば、くず拾いぐらいはできるのだが。
話を聞きながら私は思った。
「この人が、いまこうしているのは、格別に運が悪かった為なのだ」
その人はいった。
「鳩は人間より利口です。人間は私の格好を見ただけで恐ろしい人と思いこんで近寄りません。鳩は違います。・・・・・でも、いいのです。自分も見る人の立場だったら、避けるだろうと思いますから」
こんなゆかしい人を、私は避けようとしていたのだ。
「鳩は利口です」はいつまでも耳から離れない。
■先生は行動の人です。私たちはつい外見で判断して避けたり、見下げるような気持ちになりやすいのですが、話し方を学んでいる者がそれではいけないと、いつでも相手のこころに向かってことばを出されました。
どんな人でも人間のこころを持っていることを忘れてはいけないことを自ら実践し、教えて下さいました。
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